常に脳内に3つの思考があるんです。
仕事をしているときでも絶え間なく遊ぶことを考える。昼休みでも常に趣味に費やす時間のことを考える。プライベートではすかさず、次の休日のことを考える。
寝ても覚めても仕事のことを考える人を英語では「workaholic:仕事中毒者」と言う。これはアルコール依存症を表す”alcoholic”が派生したものだ。
では遊ぶことに全身全霊を捧げるひやむぎはなんなのか。遊ぶは一般的に”play”という単語が使われることを考えると、”play-holic”とかそんなところだろうか。
元英文学専攻らしくちょっと知的に英単語を語ってみたが、つまりはやる気と集中力がないだけなんです。
そう。ひやむぎは常に遊ぶことを考えています。
バリバリの博多弁で英語の授業をした阿呆講師はひやむぎです。
仕事と見せかけてバスの写真を撮り続けているのもひやむぎです。
前職で営業用にと渡されたタブレットでnoteを投稿していたのはひやむぎです。
大学の講義でプレゼンをするときも行儀よく真面目なんてできやしなかったので、くそ真面目な統計的な発表を海外ドラマと絡めて笑わせにいったこともある。
何もこれは生来のことではない。小学校から高校までは「制服を校則通りに着こなし、列から1mmも逸れず、先生に怒られることはしない」という真面目一徹な子どもだった。
大学に入学したとたんに360°の自由を手に入れ、身の回りの一切を自らの決断に委ねられた。すると面倒くささが勝ってしまい、かくしてテキトーが服を着て歩くぽんこつ人間が爆誕した。
読者諸賢にはよく覚えておいていただきたい。これが高校生まで真面目一徹で過ごし、急に自由を手に入れた者の末路である。
福岡に生まれ27年、そのうち既に9年は阿呆として生きている。でも存外こちらのほうが生きやすい気がする。
道端で堂々とダンゴムシの写真を撮れるようになった。
おいしくないラーメンなら替え玉をせずに店を出ることを覚えた。
自己紹介の時に開口一番「バスオタクです」と言えるようになった。
推しの1台である〇片2004をバスに興味がない人にプレゼンできた。
好きな人をネトストから守りたいという理由だけで福岡から兵庫まで車を走らせることだってできた。
高校生までのひやむぎなら、どれも緊張でお腹を壊していただろう。当時はまだオタクに風当たりは強かったし、何をするにも誰かの許しを得てからじゃないと行動できない人間だった。
だけどレールから逸れた生き方を一度してみると分かった。案外どうとでもなる。だったらいっそのこと思いっきり、もう脱線レベルで逸れてしまいたい。
バスのためにもっと時間を使いたい。
それもただのオタクじゃなくって、バスの役に立つようなこと。
業界最大手の1社、西鉄でも運賃の値上げに踏み切るようなご時世。決して楽な道じゃないとは思うけれど。できたらすごくかっこいい。
それで誰かに何かを言われたら、こう答えよう。
「所詮おれは阿呆だぜ」
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