3月からしばらく、国民を苦しめる厄介なアレ。昔々のその昔、日本の山々に木を植えようと思い立ったどっかの誰かが、植えに植えまくったあの木が撒き散らかす黄色い粉が引き起こすアレ。
花粉症。
今年も年が明けたと思ったら目が痒くなり鼻水が垂れ、大変な目に遭いました。だけど僕はスギ花粉だけ。ヒノキに苦しむことはないのです。ゆえに引き続き目と鼻からいろんな汁を垂れ流す花粉症の玄人たちの屍を越えて極楽の地へと向かうのが毎年春の恒例行事でした。
今年も発症から2週間で鼻水も目も治まったのです。むしろ今年はなんだか軽かったとすら思っていたのです。
なのにだ。
なぜかここ数日、朝になると目が痒くて目が覚めることが多くなった。なんで。今まで何ともなかったやん。そんなとき…。
西日本新聞のXが流れてきた、ものすごく心当たりしかない黄色い粉。僕の自家用車にもタクシーにも、そのほかいろんなところに降り積もった黄色い粉。
最初は黄砂かと思っていたんです。
だけど黄砂だったら空が白く霞むじゃないですか。こんなもの飛ばしやがって、おれたちの青空を返せ!言いたくなるじゃないですか。空に飛んでる黄砂とその他の塵芥(ちりあくた)を袋に詰めて中国に送り返したくなるじゃないですか。
だけど最近の空って青空も青空。めっちゃ澄んでるんですよ。飯盛山の木々のコントラストがハッキリクッキリ見えるほどに青空。年中こうであってほしい。
空は澄んでいる。なのに車に降り積もる黄色い粉。
その正体は松花粉だったそうで。
松ですよ。松竹梅の最高ランクに君臨する松。寿司や御膳なら嬉しいあの松です。

禊と話すきっかけにもなった某六つ子の松です。
なんで?杉みたいにどこの山に植えられているわけでもないのに。昔々にどっかの誰かが植えたのは杉であって松ではなかったはず。
日本の山に杉が植えられまくったのは、大きく分けて2回。
1度目は江戸時代。建築ラッシュや燃料としての伐採で各地の山がつるっぱげになり、木材不足と土砂災害対策が急務となった。成長は早く、真っ直ぐに育つ杉に目を付けた役人が植え始めたのだった。
しかし江戸時代。所詮は人力なのだから、江戸の人口を総動員したって国民病が生まれるほどの本数にはならなかったんじゃなかろうか。
2度目は戦後。戦災復興と高度経済成長期の需要をまかなおうと、国策で大規模植林が行われた。
成長が遅い広葉樹は切って、すぐに育って建材として使える木をたくさん植えちまおう。そうやってイケイケドンドン、日本中の山に杉とヒノキが大量に植林されることとなった。
花粉症のツートップを杉とヒノキが張っているのはそういう理由なのです。戦災復興と高度経済成長のためにと植えられた木々が、思わぬ形で後世の国民を苦しめることとなるなど、誰が想像しただろうか。
そしてその国策を仕切った人物は、せっかく復興と成長のためにと打った策のせいでこれほどまでに後世から恨まれるとも思っていなかったでしょうね。
いや、うん。すごいことをしてくれたんだとは思うんですよ。それに当時は必死だったんでしょうし。分かるんですよ。その尽力が無かったら今の日本の姿はもう少し違った感じになっていたかもしれないって。
でもだからって「国策なら仕方ないよね、今後の人生すべてをかけて花粉症を我慢するよ!」とはならんわけですよ。
だけどあなた方が植えたのって杉とヒノキやん。松は植えてないやん。あんなクネクネするもん建材には使えんし。松…。松ねぇ…。
ん?松?
生の松原ってあるよな…。
そういや大学には松たくさんあったな…。

ということは、マジで松花粉…?
卒業から早いもので10年。懐かしきキャンパスに生えていた松の木たちが時を経て卒業生であるひやむぎにいたずら?
確かにキャンパス歩くときに松ぼっくり蹴って遊んだし、お友達のTくんのトートバックに大量の松の葉っぱ入れるいたずらもしたことあるけどさぁ!
だからって今更なんだよ!目が痒いんだよ!喉もなんだかゴロゴロしてるんだよ!
年に2回も花粉症なんて勘弁してくれよぉ!

ちなみにFNNプライムオンラインに上がっていた動画によると、過去5年で一番多い飛散量だそうです。
アレルギーを引き起こすことは少ないながらも、杉やヒノキと比べると粒子が大きく呼吸器への刺激となりやすいんだとか。
5月上旬がピーク。あと少し続くのか…。
もし今、花粉症のような症状を感じている方がいらっしゃったら、犯人は松かもしれません。あと少しの辛抱です…。
今日は以上です🤧

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