「お前ほんま、ええかげんにせえよ」
そういって膝蹴りを喰らい、よろけた拍子に転んでキッチンに尻餅をついた。
状況が全く飲み込めない。なぜ僕は自宅のキッチンでここまでボコボコにされているのか。なぜ禊が、我が妻が、任侠ものの映画に出てくる怖いおじさんよりも怒っているのか。
「いつまでもうちが優しい思ったら大間違いや、よう覚えとけ!」
そういって追い打ちのような蹴り。おれ禊になんかしたっけ。
いや、怒られる要素なんてきっと星の数ほどあるんだろうけど、ここまで怒らせることをした覚えは今のところない。覚えはないんだけれどここまで怒っているということはきっと何か悪いことをしてしまったのだろう。
豆鉄砲というものを喰らったこともないし、そもそもどんな鉄砲なのかも知らないけれどそいつを喰らった鳩はこんな顔をするんだろうな、という表情で禊を見つめる。
小さくしてもまだ余りあるほどの身体を、極力小さく見せるようにシュンと縮こまる。
その刹那、目の前に謎の選択肢が表示される。
ボケる
土下座する
なるほど、これは分岐だ。この先のストーリーに影響するのだろう。
▶ ボケる
土下座する
「そういうところにキレてんねやろが、あぁ?!」
バールのようなもので殴られた。HPが50減った。なけなしの防御力が20下がった。選択を誤ったらしい。
目の前には再度、先ほどの選択肢が表示される。これ、あれだ。ポケモンのルビィ&サファイアでジグザグマに追われるオダマキ博士を見捨てようとしたら「ど、どこに行くんだい?助けておくれよ」的なことを言って引き戻されるやつ。
ごめんよオダマキ。あんたを襲っているのはそこら辺にいるやんちゃなマメダヌキなんだろうけど、僕を襲っているのは鈍器を振りかざし般若の形相になった嫁さんなんだ。
最近キヨのゲーム実況でシナリオ系のゲームをよく見ているからだろうか、そういう設定がやたらと細かい。
ボケる
▶土下座する
特に声も発さずに土下座する主人公ひやむぎ。
「いつも怒らないあたしが怒ったからびっくりしてるの。そうなの。そうだよねぇ、いままでここまで怒ったことないもんねぇ。びっくりしたねぇ。」
急にちびっ子をなだめるお母さんみたいな口調になる禊。どうやら正しいほうを選べたようだ。
「いつもいつもツッコミしてるからたまにはリアクション変えてみようと思ってキレてみたんやけど、どうやった?」
…真意がわからねぇ!あくまでキレた演技してましたってこと?迫真の演技すぎんか?『アウトレイジ』に出てくる西田敏行よりも迫力あったのに?
ボケる
土下座する
またもや表示される選択肢。
▶ ボケる
土下座する
「何遍言ってもわからんやつやなぁ!」
バールのようなもので再び殴られた。HPが底をついた。もう戦えない。ひやむぎは目の前が真っ暗になった。
…というところで目が覚めた。時計は午前6時。3年に渡る隔日勤務のせいで、身体が仕事に行けと言っている。しかし今日は公休、佐賀県の果てに居を移した友人宅に遊びに行く日だ。こんなに早起きしなくてもよかったのだ。
しかし怖い夢だった。あれほどにキレ散らかす禊を僕は見たことがない。夢の中の禊は「演技だ」と言っていたが、間違いなくブチギレていた。理由はどう考えたって僕の日頃の行いだろう。そういうところにキレてるとか言ってたし。
とりあえず怖かった。起きてからまずしたことは、隣で寝ている禊の表情の確認だった。いつも通りスヤスヤ寝息を立てていたので安心した。
しかし、あれほどに怒らせるなんて夢の中の自分は何をしたのか。心当たりはそれなりにある。星の数ほどには。いつも阿呆なひやむぎは、いつかそうやって愛想を尽かされてしまうのかと思うと夢以上に怖いものがある。
今日は大人しくする
▶ いつもどおり阿呆でいる(節度を持つ)
こっちだな。急に大人しくなったら体調を心配されそうだ。根っからの阿呆が急に真人間になんてなれない。それに真人間になったほうが愛想を尽かされるに違いない。
今日もふたりで楽しい一日を。よし、禊を起こそう。

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